ジョムソン空港の滑走路
5時半起床、6時半朝食。
朝6時すぎ、ジョムソン空港に朝の第一便の飛行機の離陸があるということで、部屋のすぐ脇にあるテラスに出て、その一部始終を眺める。
小型飛行機に、人が数十人直接搭乗する。
乗客が全員搭乗を終えると、飛行機はノロノロと滑走路の端っこまで移動する。
その後しばらくして、飛行機はエンジン音の高まりとともに急速発進する。
そして滑走路を端から真ん中あたりまで突っ切って目の前を通り過ぎ、そのままフワッと離陸する。
両サイドや正面に、巨大な山塊が迫っているので、すぐに方向を変えてゆく。
そして山の後側に消えていなくなった。
まだ外は暗いので、建物の入り組んだ構造にある狭い食堂も暗い。
食堂でダワをみかけず、どこにいるかもわからなかったので、自分で宿の人を呼び止めて朝食を注文。
家族経営らしく、小さな子供たちも働いていた。
その子供に注文をするのだが、どうにも伝わらない。
そのうちオーナー(?)が出てきて、注文をとりたい旨を伝えるが、これもまた妙に伝わりにくかった。。
せめて英語だけでも流暢にやりとりできたら、と思う。
蜂蜜をかけたチャパティとブラックコーヒーでシンプルな朝食。
と同時に、ダワとゴンブーが現れた。
同じ小さなテーブルに座り、彼らもいつのまにか注文した朝食を私と同時に食した。
このときは珍しく、私はふたりと一緒に食事した。
場所や時間が制限されている場合は、一緒に食べることもあるようだ。
彼らはやはりカレーを食べていた(今回ばかりはカレーが羨ましかった)。
その後、すぐに荷物をまとめて宿から出る。
宿の目の前に、今回乗るべきバスがすでに停車していた。
カオスの乗合バス
例によってクルーたちが、荷物をルーフの上にあげて括り付けてゆく。
バスの中は混沌としており、ダワに言われるままに席に座る。
ダワは少し離れた後ろの空いてる席に座った。
次から次に人が乗ってくるし、一人一人の切符確認やら、小さな子連れの母親などもたくさん乗ってきて、方々でガミガミと押し問答していて、なんだかかなり騒々しい。。
私も「乗車券はもってるのか?」と直接確認されたりして、
「さっき後ろにいるガイドのダワが見せたはずだが?」
など答えたり。。
アシンメトリック(左右非対称)で奇抜な髪型のパンクバンドのようなファッションをした肌の黒いインド系の乗務員が、混沌としたバスの状況にけっこうイラついた様子でわちゃわちゃと色んな乗客と揉み合っている。。
この状況、囲まれてるだけで結構しんどい。
私の隣の窓側席に座っているピンク色のフードを被った童顔の女性は、その経緯や事情はまったくもってわからないが、
バスが発車してしばらくして、
途中停車したバス停(?)から乗り込んできた別の女性が連れてきた小さな子供を、私の目の前を横切らせて子供を受け取り、膝の上に乗せていた。
その子供が、しばらくしてから泣き喚いたり、バスに酔ってゲロを吐いたりしていた。
そして、あるタイミングで、私の反対側・通路を挟んだ右隣に座っていた、「柄の悪いラッパー風で・キャップを被った・口髭の・30〜40
なんで?
なぜ勃発??
何を言い合ってんの??
ネパール語なので何言ってんのかさっぱりわからん。
女性が抱き抱える子供はすぐ横で大泣き。
勘弁してくれ。。
空気的には、男性が、女性のほうを挑発しているかそのように見えた。
それに対して女性が、あるタイミングから突然ものすごい勢いで反論。
男性のほうが口をつぐむような形に。。
後ろの席でも、ざわざわと話し声が絶え間なく聞こえていたし、
途中のバス停で乗り込んでくるさまざまな客も、好き勝手に乗務員に色々申しつけたりしている様子。
特に中国人のような見た目をした乗客の女性が、これまた乗務員に対して、何が起きてるのか全然わからんが、凄まじい勢いでクレームを申し付けていた。
いや、クレーム??
そういうキレてるような話し方の癖を持ってただけなのかな?
ああ、せめて窓際だったらな。。
私の席は通路側で、外の景色もあまりよく眺められない。
当バスは、カリガンダキ川流域のメインストリートを下流に向かって爆走する
ここはアンナプルナ山群とダウラギリ山群、各々8000m級のヒマラヤに挟まれた深い渓谷であり、谷底は標高2800m〜1200mまでをひた走る。
メインストリートといっても、道は舗装されていない。
崖っぷちをくり抜いただけの砂塵まみれ土砂まみれのダート道である。
道幅も細く、谷側は数十〜数百メートル切れ落ちていて、ハンドリングを少しでも誤まると、一瞬で谷底へ落下して乗客共々あの世逝きである。
それでもどうにか、窓の外に展開する貴重な景色を目に焼き付けたり写真に撮ったりしたかったけど、超絶カオスなこのバスの状況ではほとんど不可能だった。
てか、窓ガラスが泥と埃に塗れてきて汚ねぇ。。
こんなにきっついバスツアーは人生初めてだったかもしれない。
旅の醍醐味とか、これぞアジアっぽい貧乏旅行だとか、そう言われてみればそうかもしれない。
けれども、この時の私は発狂しそうなほどにストレスに塗れていた。
横の席で女性が抱き抱えていた子供は、途中でゲロを吐き出した。
私の前の席に座っていた、これまた女性が抱き抱える子供も同様。
車内に生ゴミのような異臭が充満し始める。
バスは、観光バスとかではなく、ローカルバス的な感じで、頻繁にバス停らしき場所で停車し、そこで新たな乗客を乗せ続けた。
乗客だけでなく、砂糖(?)が詰まった大量の土嚢袋まで通路一杯に詰め込んでくる。。
何これ???
業務用車両も兼ねてんの??
乗務員が、通路に山積みになった土嚢袋を踏み付けながら狭いバス内を行き来する。
日本では考えられない光景。
しんどいが、ちょっと楽しい。。
これがネパールの標準なのだ。
事前にネパールのツアー経験者の方から、「ジョムソン〜ポカラのバス路線は、
ああ、確かにこれは日本人は発狂しても仕方ないな。。
と思いましたw
私を挟んで口論を繰り広げていたふたりも、いつしか疲れたのか口論をやめてウトウトしていた。
本当に自由だな。。
バスがひた走るカリガンダキ川の中流域は、意外に川幅は狭く、両岸が深く切り立った黒部峡谷のような様相だ。
数十〜百メートル以上に切り立った崖をくり抜いた形で道は続いている。
道は勿論、延々とボコボコダートが続く。
道幅も狭く、そして崖側にやや斜めになっている。
窓を覗き込むと、マジで谷側ギリギリ。
ガードレールも何もなく、道も崩壊しかかっている。
そういう場所で対向車のジープやトラックなどの大型車両とすれ違ったりするので、谷側にやや傾いた状態でしばしば停車したりする。
生きた心地がしなかった。。
運転手のほんのわずかなミスで、一瞬で崖下へ転落してしまうのは容易に想像できてしまい恐ろしすぎる。
しかし、これで何とかなっているということは、頻繁に事故ることがないということなのかもしれない。しらんけど。
3時間ほど移動してきたところで、バスはトイレ休憩ポイントへ。
ダーナという村。
ここで、軽い食事をとることもできる。
大分、緑が多くて標高が低い低山帯に戻ってきた感じ。
気温もかなり暖かい。
ダワはコーラを買っていた。私は特に何も買わず。
谷の奥の山の向こうに、三角形の巨大な雪山が見えていたが、これはアンナプルナ・サウス(7219m)
ここダーナの標高は1500mくらいで、アンナプルナ・サウスまで比高5700mくらいある。
見上げる角度にあり、白出沢出合付近からみる滝谷と穂高連峰のような規模感と雰囲気がある。
が、アンナプルナ・サウスまでは約16kmほど離れている。目を凝らして見ても、16kmも離れているようにみえない。もうほんと、すぐそこに、山があるように見える。
しかし実際には意外に遠いのだ。ヒマラヤでは、距離感がバグる。それほどまでに、山体がデカいのである。
ダーナを出発すると、今日の目的地のタトパニまではもうすぐそばだった。
下界タトパニにて温泉と安寧の時
タトパニに到着して、本日の宿まで歩く。
宿に着くと、すぐにランチを注文。
何気に久しぶりにダルバートを。
スタッフ(おじさん)の愛想はいまいちだったが、やはり下界のダルバートはうまい。
シーバックソーンのジュースも頼みたかったが、あいにく在庫切れのようで頼めなかった。
食べ終わったら、ダワとふたりで温泉へ行く。
タトパニとは、ネパール語で「温泉」の意味だそうだ。
その名の通り、ネパールでは数少ない有名な温泉地となっている。
温泉は、宿から歩いて、茂みの場所の階段を下り、一段下のカリガンダキ川寄りの場所にある。
露天にコンクリートを四角くくり抜いただけな感じの風呂と洗い場。
入場料は150ルピー(約170円)
多くの人で賑わっている。
男女関係なく同じ空間で、水着着用。まあ、プールと同じ感覚である。
日本のお風呂文化だけが特殊であり、世界的には温泉(ホットスプリング)はこの様式。
ちなみに脱衣所とかはないので、そのへんの空いてる適当なスペースで衣類を脱ぐ。
貴重品の盗難が少し不安だが。。まあ大丈夫やろ笑
シャワーで身体を流した後、湯船へ。
湯温はたぶん39℃くらいで、熱くもぬるくもなくちょうど良い。
出国して以来、長旅&登山を経ての、2週間以上ぶりのお風呂であり、
めちゃくちゃ気持ちいい。
ダワもすごく気持ち良さげな表情を浮かべていた。
インド系の若い人が多かった気がした。
ただ、彼らのグループがちょっとはしゃいでいてやや煩かったので、長湯はしなかった。
さっぱりしたところで、街へと戻る。
ゴンブーが暇そうに宿の前付近の道を歩いていた。
そういえばダワは、温泉にゴンブーを誘わなかったのか?
…というか、
ガイドは客の接待が最優先だから、
ポーターは仕事として宿近辺で待機する必要があったのかもしれない。しらんけど。
その後、ひとりで集落を散策。
とはいえ、タトパニもそんなに広くはなく、徒歩で全体を簡単に周れてしまうくらいの規模感。
一つだけ巨大で立派で綺麗そうなホテルがある以外は、諸々がコンパクトにまとまった集落。
気温も暖かく、気分が良いので、
売店でビールを買って、その辺でプシュッと開けて飲んでみる。
このタトパニからは、北方にニルギリ南峰が高く聳えてみえる。
ニルギリ連山は、北峰が昨日滞在したジョムソンから近距離で南東方向に立派に見えていたが、本日は同じ山の一角が、北方約30kmの空にみえている。
4時間かけてバスで移動してきたので、そこそこ長距離だったはずだが、
方角は大きく変われど、同じ山が大きく見え続けているというのが、ヒマラヤ山脈の巨大さを物語っている。
それにしても、北の空に浮かぶニルギリ南峰を眺めながらの白昼の風呂上がりのビールはマジに最高。
至福の時間である。
標高1200mの低山域・亜熱帯気候区域に無事到達し、これまで辿ってきた高山帯の道筋を思い出しつつ、世界レベルの高峰を見上げていると、本当に気分が良かった。
この安全地帯から、ヒマラヤを眺めていられることの安堵感。
この瞬間こそが、最も幸福度の高い時間なのかもしれない。
そんな思考に浸って、少しの間しあわせな気持ちに酔いしれる。
宿泊しているホテルの、斜向かいの建物の前でトピ(ネパール風の正装帽子)を被ったおじさんがテーブルに何かを拡げていて、周囲に人集りができていた。
よく見るとゴンブーもそこに混じって、何かやっている。
そしてダワもその様子を見に行った。
「何やってんのかな?」
私も様子を見に行くと、丁半博打をやっていた。
ザルの中にサイコロ2つを入れてシャッフルし、出た目の数を当てるゲーム。
懐かしいな。。
そしてみんな白熱しまくっていた。
参加してる人達が、目の数を予想してネパールルピー札をテーブル上に差し出す。
予想が当たった人は、そこに出ているお金を全部かっさらってゆく。
ダワも参加して、一度大勝ちしていて喜んでいた。
ゴンブーは、負けまくっていた…笑
私は参加せず、傍観してただけ。
平日の昼間から、田舎の村の道端で、見知らぬ老若男女が集まって賭け事をして遊んでいる光景。
こういうのも、ネパールならではなのだろうか。平和だなーと思った。
夕方になると、ホテルの前の道の真ん中で、とあるアジア系の女性が突然、爆竹を鳴らして遊び始めた。
これにまた複数の人達や、ダワも一緒に混じって遊び始めた。。
爆竹もこれまた懐かしい。。(しかも大の大人が爆竹を鳴らしてはしゃいでいる)
なんか30〜40年前の日本の田舎みたいだ。
それが2023年のネパールでは、日常の光景。
ニルギリ南峰が西日に照らされて美しい
田舎の谷間のナイトライフ
日が暮れてくると、そろそろ夕飯タイムだ。
山間の谷あいでは、標高が低いタトパニでも夜はそこそこ冷えた。
受付の長身の若いお兄さんは、イケメン紳士で応対も非常に丁寧で好感が持てた。
夕飯は、豚肉のステーキプレートを注文。
あつあつの鉄板にボリュームたっぷり。
めちゃくちゃ美味い。
その後、はじめてゴンブーに誘われて、BARへ飲みに行くことに。
ゴンブーとふたりのパターン、おもろい。
ダワはどこかに行っていなかった。
集落の北端のほうまで2人で歩いて行き、そこにある中年女性が切り盛りしていると思われるBARへ。
ゴンブーが、ロキシーを一杯私の分を奢ってくれた。
ゴンブーは私と同様英語を話せないので、お互いに言葉による意思疎通はできない。
しかし、いつも満面の笑みでハイテンションで何かを話してくれるし、私もそんなゴンブーにはいつも癒されており、ボディランゲージを交えて日本語で話しかけていた。
身長は160cmに足りないくらいに小柄だが、彼は、明るくて人が良くて、時折お茶目で愛嬌はたっぷり、
でも威張るようなところや強引なところはなく、謙虚でまじめで頑張り屋。
この旅を通して、私の中で彼の印象はこのように形作られていた。
わざわざ私を誘い出して飲もうと言ってくれたことが嬉しかった。
この時も、お互い、自分の言葉で、
「無事降りてこれてよかった」
「酒とつまみがうまいねー」
などと言い合った。
我々が座っているテーブル席では、向かいに若者二人組がいて、飲みながら軽く騒いでいた。
すると、その組に1人の白人系ネパール人が同席してきた。彼らの知り合いのようである。
そして向かいにいる私に向かって、「日本人デスカ?」と話しかけてきた。
「えっ!Σ(´д`)」
いきなり予想もしない角度で、久々に日本語を耳にしたので驚いた。。
その人は、日本に一時期仕事で滞在したことがあるらしく、また息子さんが現在日本で働いているとのことで、つい先日にも日本の息子さんに会いに行ってきたという話をしていたのであった。
仕事の都合で、フランスにも滞在したことがあり、日本語とフランス語も話せるとのこと。すげえ。
日本の埼玉に住んでますと話すと、「埼玉は大宮に行ったことあるね」と。。
ヒマラヤの山奥の谷間の小さな村で、まさか外国人と埼玉の話をすることになるとは。。
少しの間思わぬタイミングで、日本語の会話で盛り上がってしまい、ゴンブーを置き去りにしてしまった。
すまんゴンブー笑
そんなこんなで、ロキシーと軽いおつまみで、しっぽりと大人しく小一時間程度飲んだあと、店を後にして宿に戻った。
楽しいひとときであった。
ゴンブーはゴンブーなりに、自分主体でおもてなしをしたかったのだろうか?それとも、単にノリだったのだろうか?
いずれにしても、ありがたかった。
すっかり夜となり、あとは寝るだけだと思い、部屋に戻ると、
何やら外がやけに騒がしい。お祭り騒ぎのような音と人の声がする。
外に出てみると、
ホテル前の道路におびただしい人の数と、ダンスを踊るグループが。
道端に多くの聴衆が座り込み、斜向かいの建物あたりから、DJの実況の声が聞こえる。
音楽は爆音でどこかのスピーカーから出ているようだ。
何が起きてるのか、その様子をしばし眺めていたら、
みんな音楽に合わせて踊るダンサーたちのムーブパフォーマンスに、ノリにノッており、そしてとても盛り上がっていた。
この光景が、非常に心温まるものを感じた。
日本の地方の農村などで、こういったイベントって行われているのだろうか?
いや、あるのかもしれない。
かもしれないけれど、
ネパールの田舎の農村で、こういった光景を眺める事が出来たことがとても心地よかった。
先進国、発展途上国、後発発展途上国。
資本主義社会の目線でみると、貧富の差だとか、色々とあるけれど、
少なくとも今私の目の前に展開しているこの光景は、全員が幸せ絶頂であるということだ。
この国の人々はみな、楽しんで生きている。
そんなことを感じた夜だった。